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殆どの記事は千葉県が舞台  私がバイクで千葉県の気に なる寺や名所・旧跡をそっと 貴方に御報告しちゃいます。 そしてもし何処かで私とすれ 違いましたらお声を掛けてく だされば、貴方に微笑みをお 返しいたします(笑い) 総ての方が幸せであるように  合掌!
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所在地は千葉県千葉市花見川区花園町1035
地元では東大グランドと云われ親しんでいる総合の運動場でして

その昔東京オリンピックのクロスカントリーの会場として使用され事がありました
又最近迄はプロのサッカー選手の方々が大型バスで練習に来ていた事が
ありました

そして何よりも不思議な事は運動場なのにいつしか大阪大学の応援団の一行が夏に来てました さすが名のある大阪大学の応援団 礼儀正しいし
清々しさがありました 
何かしらの合宿設備があると思います

又御存知の方もいらっしゃるでしょうがこの地は大賀ハスの発祥地として世界的にもその筋の方々には、知れた土地です
大賀ハスとは遠い昔約2千年ほど昔の地層から古代のハスの種が見つかり
大賀博士が試しに栽培して見事にハスの花が咲いた事から
大賀ハスと名づけられたそうです
生命の神秘を感じてしまいます

この近くでその大賀ハスのお祭りが毎年夏に開催されます
そのときは普段はとても静かな町並みがとても賑やかになり大勢の
方々がやってきます

大賀ハス発祥の地

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正直云いまして大師堂なのか印西大師堂なのかハッキリしないのですが
仮に大師堂としましょう
この大師堂の凄いところは、確か印西の巡礼地は88ヶ所あるんですが
こちらの大師堂を訪れれば、その88箇所めぐりと同じ功徳が得られるとか!
そのようなパンフレットを私読んだ事がありまして、間違いがなければ
良いんですけど
そのキャッチフレーズに引かれちゃいまして10月の末に
オートバイで訪れちゃいました
今回は間違いなく1回でこの地に着きました
所在地は丸山観音堂(千葉県印西市草深920 )と地続きのすぐ隣でして

赤い屋根のトタンがめくれてまして私唖然としちゃいました大師堂
この大師堂の中には89体の石仏が集められてまして何か意味深ですね

私、思わずデジカメのシャッターを押してしまいました!
そしていつもの様にお堂の中の大師像に合掌し 
日々の暮らしに感謝とこっそり祈願をしちゃいました

そぅそぅ何時ものように僅かばかりの浄財をと賽銭箱を探しましたが
有りませんでした。
敷地内に印西大師の何番目かのお堂がありました
そしてこの地の集会場もありました



私ついでと言いましたら、叱られる事になるかも知れませんが
お隣の丸山観音堂も訪れちゃいました
本当に静かな処です
そのお堂(丸山観音堂)はひっそりと佇んでいました

私、このお堂にも向って合掌し 
日々の暮らしに感謝とこっそり祈願をしちゃいました!
こちらは、賽銭箱がありましたので僅かですが捧げた私です

本当にこの地も静かな山村でした

しかし開発の手が近くまで押し寄せてると云っても大げさでは、無いような気がしました

そして早く大師堂の屋根の修復を願いつつ、この地をさりました。


より大きな地図で 印西大師堂 を表示

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成田山公園は千葉県は成田市にある成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)にある公園です そして入園料も無しで大変有り難い公園です

いわゆるお不動様のお庭だそうでしてこの公園に行くには最近造られた総門からよりかは裏門からの方が近いかも知れません

公園の場所は本堂の裏にあります
私が訪れた時は、丁度もみじ祭りの最中でした

公園内の木は、言葉では表せない程紅葉がきれいでして「私、生きていて良かった」何て思っちゃいました(笑い!)
この公園には池もあります

鮮やかな木々の美しい紅葉は、本当にウットリしちゃいました!
さすがなり成田山の公園です 広さは165,000m²もあるそうです


道沿いにどんどん行きますと「平和の大塔」とも云われてる平和大塔が見えてきます その大きさには、ビックリします

又園内の書道美術館の近くに水琴堀(すいきんくつ)なる物がありまして私この音をこの耳でチャンとに聴きました その澄んだ音は忘れる事が出来ないくらいの清々しい音色でした

成田山の公園は春の桜の季節もまた見事です。

訪ねたら御自身でいろいろと散策してみるといいと思います

園内には歌人の高浜虚子の石碑などもありました
自然が本当に見事な公園です!


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成田山と云われ親しまれてるお寺ですが
本当の名は成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)でして真言宗智山派のお寺です。
御本尊様は不動明王でして家内安全・交通安全などを祈る事で訪れる参拝客が多いお寺です
毎年正月の初詣客数は千葉県で1位
全国でも東京の明治神宮に続き2位の人気を誇ります。

その総門をくぐり仁王門へ


とても強そうな仁王が4体いまして本尊の不動明王を護ってました。



仁王門をくぐり急な石段を上り詰めますと本堂が現れます
私、やはり何時ものクセが又出ちゃいました

本堂に入って浄財を供え両手を合わせて日々の暮らしに感謝をいたしましてのこっそり祈願の合掌!

平日に訪れた為でしょうか訪れる方もちらほらでしてこれがお正月でしたら身動きできない事になちゃんでしょうか? 驚きです


門前町そのもの成田山の参道に続く町並は異国の方も大勢訪れてました
もちろん成田山 新勝寺(しんしょうじ)の境内にもね

カップルの外人さんの女性の方が私に何だか話しかけてこられて私困っちゃいました。
多分写真を撮ってちょうだいか私のカメラであなたの写真を撮りましょうかのどちらかなんでしょうけど私あんまり解らないので笑ってごまかしてしまいました。(笑い)!
それにしても秋の成田山新勝寺(しんしょうじ)の境内もいろいろな木が紅葉してまして訪れてよかった思いました。

境内に書かれてあった言葉
【自分の行いはすべて自分に還る】 私、我に返りました 合掌!



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雄蛇ヶ池は、東金市にある人工の池です
その美しい風景は東北にある十和田湖に似ているとのことで房総の十和田湖と云われてます。

この池は江戸時代の慶長19年、当時の代官島田重次(後に出家して伊伯)が農業用の溜め池として完成しました。
湖周には約3.3kmの遊歩道がありますのでハイキングにも最適な場所。
又かつては鮒釣りで知られてましたが、最近はバスフィッシングが盛んなようです 大勢の釣り人が訪れてました

又若いカップルの方たちもちらほら訪れています!
この雄蛇ヶ池の水辺で何を語合っているのでしょうか
本当焼けちゃいますね!(笑い)


私、やけのやんぱち池に石を投げちゃいました。

雄蛇ケ池でボートを借りての池の散策も楽し物です
私も若い頃はこちらの雄蛇ヶ池でボート遊びをしちゃいました!

千葉県人でしたら一度は訪れて見ては、いかがでしょうか
お奨めしちゃいます。

千葉県の東金周辺のお宿について
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その昔臼井城は、歴史上では戦国時代に上杉謙信公が攻めに来て有名な戦いがあった場所のお城だそうです。
この臼井城址公園の所在地は、良くはわかりませんが電車でしたら京成電鉄の本線で京成臼井駅から歩く事と成ります。

テレビのNHKの番組でも上杉謙信の事で紹介された城址公園です。
今でも空堀などがありましてその昔を思うと、さぞかし凄い城であったのではないかと想像すると感激しちゃいます!

そして周辺の地形などでなかなかその当時のこちらの臼井城を攻める事の難しさなどが想像でます。
是非周辺を歩いての散策をお奨めします

今では、広い公園になっています

又近くの印旛沼の見晴らしがすばらしいところです




臼井城址公園周辺は、やはり静かな処です
周辺にはブルーベリーを販売してる農家の方がいらっしゃいます!
江戸時代に活躍した相撲の雷電のお墓も周辺にあります

現在は戦国武将ブームだそうですからこの臼井城址公園を訪れて観ることも良いかも知れません
但し中々所在地が解りにくいと思いますが無料の駐車場は、あります!
ゆっくりと城跡の周辺を散策されますと貴方にとって新たな発見があるかも知れません お奨めします。



より大きな地図で 臼井城址公園 を表示


臼井城址公園のアクセスについて

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千葉市ゆかりの家・いなげとは、満州国皇帝の弟に当たる溥傑(ふけつ)氏が新婚時代の半年間住んでいた家の事でして
所在地は千葉市稲毛区稲毛1-16-12
実は私、産まれも育ちも稲毛でして私の両親から良く満州国の皇帝の弟さんが稲毛の浅間神社の隣に住んでいて軍服姿で白い馬に乗りお供を連れてよく家の前を通って行ったとの話を何回か聞かされていましたので何と
なくあの家がそうなんだろうと察していましたけどやはりそうでした。
何となく家の瓦に形が違いましてそして子供心にも何となく家の雰囲気の違いが解かっていたんですね。
現在は千葉市所有の物となり一般公開しておりますので

私にとっては浅間神社近くの思い出の小道を入って行きまして千葉市ゆかりの家・いなげ私訪れてみました。


訪れた感想としましては本当に質素な家でした
満州国皇帝の弟の愛新覚羅溥傑(あいしんかくら ふけつ)氏の仮の
住いとしては、こんなに狭い屋敷だったのかといろいろ見学して感じました。


庭もありましたので少し散策してみました。

日本の戦争色が強くなってきただろう昭和12年に結婚しそれから激動の時代へ向かって行く事とは誰が予想しただろうか 
流転の王妃(浩さん)も大変な人生を送る事と成ったんですね

私もぅ10年前でしょうか単行本で(流転の王妃の昭和史 愛新覚羅 浩)を
読んでいましたからなお更のことこの千葉市ゆかりの家・いなげの中にはいって何となく懐かしい想いがしました


愛新覚羅 浩さんが言われるように溥傑は、優しい方に違いありません
その証拠として当時の写真が飾られてありましたが優しさが顔に出ています。
軍人らしからぬ優しそうな溥傑氏

多分浅間神社境内での写真に違いありません


本当に訪れて良かったと思う千葉市ゆかりの家・いなげ

当時の軍部の政略結婚で日中の架け橋として戦後は動乱の中を
2人はめげることなく夫婦愛の貫いたお二人に感動です。
私も夫婦は、かくあるべきと思う今日この頃です。


詳しい千葉市ゆかりの家・いなげについて

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旧神谷伝兵衛稲毛別荘は読んで字の如く千葉県は千葉市の稲毛にあります
所在地は稲毛1-8-35 千葉市民ギャラリー稲毛の中にあります

この旧神谷伝兵衛稲毛別荘の存在を知ったのは、かれこれ50年ほど以前からでした。
ワイン王として財を成した神谷伝兵衛氏が稲毛に別荘を構えたのが
大正7年 当時としては珍しい鉄筋コンクリート造りでして
国登録有形文化財となっております。

関東大震災でも、もちこたれたそうです
私、今日で2回目の訪問です
改めてこの建物を見ますとやはりモダンでシャレタ建築物です。
別荘の中も公開中です
その当時の贅を施したのに違いありません
1回は洋風です

そして2回は和風の造りです
天井などもオシャレに決めてます!


実は私の両親は、一時この別荘に住んでいたそうです
ただで良いから住んでいてほしいとその当時の所有者の方から
お願いされて一時住んでいたとのこと
でもある日、母があまりにも屋敷が広いので怖いとのことで
この別荘を出たとの事でした。


若かりし頃の母もこの石段にしゃがみこみ稲毛浜を見つめ何かを
思っていた事もあったんだろうと思う。

いずれにしても昔はこの周辺は松林がとても綺麗で静かな処でした。
今でも別荘の裏は静かで松林が見事です。

旧神谷伝兵衛稲毛別荘について

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長沼大仏とも云われております。
大仏がある所在地は長沼交番(千葉市稲毛区長沼町28番地 )の隣にあります。
そして、その場所は駒形観音【正しくは、駒形観音堂 山号は仏母山。本尊は馬頭観音。浄土宗のお堂】の敷地にあり屋根に覆われてます。
この大仏の開眼には、千葉にある大雁寺の僧侶の方が関わったそうです。
又、境内には、大変大きな銀杏の木がありまして秋には銀杏を拾いに来る
方がいらっしゃるとの事です。

木に関して云えば何よりも凄いのは、いぬ桜の木が境内に3本もある事
私にはよく解りませんが、お隣の八千代市にはこの、いぬ桜の木が1本だけあり天然記念物として保存されているとの事

この大仏様の横にある木がその内の1本です

そぅそぅ駒形大仏を観にこちらの駒形観音堂の境内を散策中に
地元の方にお逢いしましてその方からいろいろなこの地の事や
大仏に関すお話を御伺しまして大変有意義な事柄を知り得ました
聞くところのお話によりますとこの大仏は千葉北高校の裏手から
こちらに移されたとの事でした
そういえば北高校の裏手に馬頭観音と何かあつた事を思い出しました
又その場所から大変な水量の水が涌き出ていたそうでして
長沼を形成していたとの事
又この敷地内にある墓は墓でも、お参り用の墓でして供養のお墓で無いとの事でして最初は何を云っているのか良く理解できませんでしたけど
お墓が遠くにあるとお参り出来ないから近くに建てたとの事です。

この駒形大仏はよく見ますと台座がありません
引越しの祭に何かあったんでしょうか
直に座りこんでいます
境内の案内板には像高は2メートル40センチとかかれてありますが
実祭には僅かに低くて2メートル36センチ程でした
私実祭に仏像の計測に立ち会いました
そして先ほどの御人が大仏近くに来なさいと誘っていただき大仏に
いろいろな方の名前が記されてあることを知りました
衿の処には徳川将軍の4代の名が記されてるとの事
その他に背中などには近隣の村からの浄財の事柄などが記されてるとの事でした


私、こちらの駒形観音堂でも、やはり僅かばかりの浄財を添えて両手を合わせて合掌。
そしてやはり日々の感謝をいたしましてのこっそり祈願!
ここでもおどろきこちらの本堂でも小さな覗き窓がありました私、
つい気になりまして覗いちゃいました
そしてデジカメでシャッターをパチリと押してお堂の中を撮影 
厨子の扉は残念ながら閉ざされてましたので御本尊様のお姿は拝見できませんでした。


改めて観音堂を見ますと大変立派なお堂です!

敷地内には石像や大師堂もありました
静かな空間もありました
そして地域の方々の並々ならぬボランテア精神の心意気を感じました。
改めて大仏さまと観音さまに合掌しこの地を去りました。

いろいろな仏像について

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JRの成東駅から近い成東下町の標高30メートルの小丘「石塚山」(石塚の森)の中腹の岩石上にある朱塗りの懸崖造りの建物が通称浪切不動尊と呼ばれています
成東の町に入れば山の中腹に見えるはずです
真言宗智山派のお寺でして正式には成東山長勝寺浪切不動院
所在地は千葉県は山武市成東2551 駐車場は、有りますがちょっと分かりずらいかも
境内が駐車場でしょうか!

寺伝の縁起書によれば、不動尊本尊の由来は、天平年間に行基菩薩を
造作したところのものと伝えられているが、当本堂の創建年代は不明である。
改修に当たって発見された当院棟札に元和4年(1618年)と記されていたと伝えられており、

現在の本堂の建立時期は、少なくとも江戸時代初期にまで遡る建造物と考えられるそうです。


正面の参道からお参り

立派な仁王門が強そうな仁王が御出迎え

本堂に行くには急な石段を登って生きます
その途中に「ぼけ封じ」のお堂を見つけました

お堂の横の看板にぼけにかつと書かれてありまして
私、驚いちゃいました 「かつ」は勝・負けのかつなのかそれとも活をいれるかつなのか? 
こちらのお堂に浄財をさしだし両手を合わせて合掌して日々の感謝をいたしましての
こっそり祈願!
その前に実はこのお堂には小さな覗き窓がありましたので私つい覗いてしまいました
そうしたら外の外観とは裏腹な黄金に耀く仏像が並んでいまして私ビック
思わずデジカメ写真機でパチリとシャッターを押しちゃいました
でもここではご披露はいたしません
私にバチでも当たっては、たまったものではありませんから


本堂でも浄財をさしだし合掌
日々の感謝をいたしましてのこっそり祈願!
ここでもおどろき本堂でも小さな覗き窓がありました私、つい気になりまして覗いちゃいました 
御本尊の不動明王様をこの眼でつい拝みたくて 
しかし良くわかりませんでした
長く覗いているのもなんですから止めちゃいました!
そんなこんなでデジカメの写真は撮りませんでした
本堂からの景色は最高でした 成東の町並みがよく見えました
日曜日に訪れた浪切不動尊はそれなりの賑わいがありました。

帰りしな浪切不動尊を振り返り眺めました
そして心の中で改めて御本尊の不動明王に合掌。

やはり浪切不動尊は、それなりの険しい山の中腹に在るんですね!
私61歳です こちらの本堂のお山までなんなく登れましたことに感謝
普通の方でしたら問題はありません。手すりも、ちゃんとありますから。

いろいろな仏像に付いて!

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千葉の住人 椿六十朗
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素浪人
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普段はバイクで主に千葉県内を散策中 いずれ何処かですれ違いましたら、声を掛けてくだされば微笑みをそっとお返しいたします どうぞ遠慮なく!(笑い)
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